2009/10/25

有難うございました

昨日のブログにも記しましたが、愛猫のタラが、先週の水曜日(21日)に天国へ旅立ちました。

タラが癌と診断されたのは今年の5月ですが、実際に症状が現れたのは3月だったので、8ヶ月近く癌と闘い続けました。

最後の2週間ほどで片目を失明するなど少しずつ病状が悪化し、亡くなる前日に容態が急変して苦しみ始めたので、担当医とも相談し、安楽死という形で天国に送ってあげることに決めました。

闘病中は、その様子をブログでも書きましたが、その間応援し、励まして下さった皆様にはとてもとても感謝しております。
タラも天国からお礼を言っていると思います。

本当に有難うございました。

たらままclover

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2009/10/24

愛するタラへ

2000年の6月、あなたがママのところに来てくれてから9年半ね。

そしてふたりだけで暮らし始めたのが2003年の7月から。

あなたにはたぁくさん愛情、勇気、友情、忍耐強さ、優しさ、強さ、インスピレーション...挙げたらきりがないほどの数々の宝ものをもらい、分かち合い、また教わりました。たくさんお遊びもしたね。

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21日の水曜日、あなたがママの膝の上で静かに天国に旅立ってから、寂しくてたまりません。
ときには突然涙が出て止まりません。

でもね、タラちゃんがもう苦しまなくて済むんだ、頑張らなくて済むんだって思うと、それがタラちゃんにとって一番良かったんだって思うのです。
タラちゃんの安らかな永眠についた亡骸を見て、やっとタラちゃんが苦しみから解放されたって思えました。
担当医のベイリー先生も最期までずっとずっと優しかったね。良かったね。
タラちゃんが亡くなってからも、先生、ずっとタラちゃんのこと優しく何度も何度も私と一緒に撫でてくださってました。

ママはね、あなたの魂が宿っていたかわいい、かわいい体が役目を終えただけで、あなたの魂は永遠に生き続けるんだって信じているの。
だから、今はもう抱き上げたりキスしたりお話はできなくなってしまったけれど、魂レベルで心は通じ合えていると思っています。

タラちゃんのいない部屋は味気なくて静かで冷たささえ感じます。
でもね、時間が経つと共に悲しみよりもタラちゃんと一緒に過ごした素敵な時間の方をもっともっと思い出せるようになります。
ママが元気になったらタラちゃんも安心すると思うんだけど、でもね、今はまだ悲しくて仕方ないの。だからタラちゃん、ママが悲しむのもうちょっとの間我慢してくれるかな。

何十年か後に、天国でまた会おうね。
それまでママのことを天国から見守っててね。

タラちゃん、本当に、本当に沢山の幸せを有難う。
ママは、タラちゃんが天国に行っても、永遠にタラのママに変わりないからね。
そして永遠にタラちゃんのことを愛し続けます。

ママより

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2009/10/15

カイロの治療

良い先生に恵まれているのでカイロの治療はとても効果的。
治療時は痛くても、その後が調子が良くなるので治療にもいそいそと出掛けるくらい。run

その日によってあの手この手で色々な治療法が組み込まれる。

ちょっと痛いものdespair、痛くすぐったいものcoldsweats01、痛気持ちいいものcatface、気持ちいいものconfident、とにかく痛いものweep

昨日の治療時の先生との会話。

私 「私の祖母が生前に80代か90代のときにカイロの治療を受けていたんですけど、私も何故か時々治療室に立ち会っていたんですよね。その頃はまだティーンエージャーだったんですけど。」

先生「はぁ、そうなんですかぁ。」

私 「はい、それで、たまに祖母が『あいたた、あいたた』って痛がるんですけど、それが妙におかしくて、笑いを堪えるのに大変だったことを思い出すんです。何故かおかしくてたまらなかったんですよねぇ。ふふふ。」

先生「あはは、そうなんですか。子供の頃は痛み知らずですからね。痛さなんてわからないですよね。」

たしかに。
それにしても何故あのときそんなにおかしかったのか今の自分には分からないけれど、とにかく笑いを堪えるのに大変な思いをしたのが強い印象として残っている。
真剣な笑ってはいけない状況で笑いを堪えると、更におかしくなって堪えるのが大変なあれ。


天国のおばあちゃん、ごめんね。でもおかしかったの、あのときは。
今度は私の番だ。あはは。happy01

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2009/10/01

怪我の学び - 認識の変化

ニューヨーカーは何かにつけてせっかちでペースが早い。
レストランでもメニューを選ぶのに少しでも悩んでいたら、ウェイターやウェイトレスはテーブルで待つことはなく「それじゃまたあとで。paper」と、さっさと一時退散してあとでやってくる。もちろん高級なレストランになるにつれてサービスは良くなるので、もうちょっと忍耐強い。

運転していても信号が緑に変わってから3秒くらいまでに発車しないとクラクションを鳴らされる。

道を歩いていても、観光者以外はスタスタとペースが早く、のろのろ歩いたり、ビルの出入り口でもたもたしていると、場合によっては苛立たれたりすることは日常茶飯事。

私も大抵歩くペースや動作は早いほうなのであまり苛立たれるケースは少ない。

でも、事故で怪我して以来、首、腰、足の痛みで動作は鈍い。
さっさと歩けないし、ドアを開けるにも一苦労。ばっかみたいに重たい回転ドアがよくある。
「押す」「引く」などの動作は腰に響いて痛い。
乗り物で座っていても停発車時は首や腰に負担が掛かって痛い。
エレベーターでもG重力が背骨にのしかかって痛い。
オフィスワークも楽な姿勢を見つけるのが難しい。

カイロプラクターの先生に言われて、悲しいかな、見た目が仰々しくって痛々しい首のサポーターをはめている。
でも!
やっぱりこれをしていると、特に乗り物ではサポートされるし、仕事をしていても無理をしないで済む。

それから最大の効果は、外出時は周囲の人が「けが人」としてきちんと認識してくれるので、意識して気をつけてくれる。

のろのろ歩いていてもぶつかることなく嫌な顔しないでちゃんと避けてくれる。
乗り物やビルのドアも持っていてくれる(ニューヨークのバスは、降車の際ドアを自分で押し開くものがある)。
エレベーターにゆっくり辿りついてもドアを開けていてくれる。
健康な人にとって大したことのない行為でも、けが人にとっては負担や痛みを軽減できるのでとっても助かる。

普段街行く人のなかには、ぱっと見では健康そうに見える人でも、きっと健康な私たちが知るすべもない辛い稀な病気や怪我を抱えていたり、計り知れない苦労している人がいるんだろうなって、つくづく思った。
そしてそれはけが人でもそう。
例えば杖を突いている人でも、悪いのは足腰だけではない可能性があること。
例えば首のサポーターを着けている人は患っているのは首だけではない可能性があること。(それって私じゃん!)
例えばギプスをはめている人はその部位だけをわずらっているとは限らないこと、等々。

そしてご老人や杖を突いている人やけが人などに加えて、比較的動作が鈍い人への認識も変わった。

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